ガンバ大阪

ガンバ大阪
1991年のJリーグ創設時より加盟しているオリジナル10のひとつ。ホームスタジアムは万博記念競技場。クラブ名の「ガンバ(GAMBA)」はイタリア語でサッカーの原点である脚を意味する他、日本語の「頑張る」とも掛けている。Jリーグの中では自前の下部組織からの選手育成で成功しているクラブの一つで、万博のユース、ジュニアユース、ジュニアの他に、門真・堺の両市にスクールを設置している。Jリーグ初期では名選手釜本邦茂を監督に据え、礒貝洋光・本並健治といった人気プレイヤーも抱えていたが、最下位争いの常連で成績は芳しくなかった。当時、ガンバは名古屋グランパスエイト・浦和レッドダイヤモンズとともにリーグのお荷物扱いであり、ハンス・オフトが日本代表監督を務めていた際には、Jリーグで唯一代表選手を輩出していなかったチーム。
1997年にはカメルーン代表のエムボマの力で、勝ち越しの成績を収めるがエムボマがチームを離脱すると再び成績が下降した。
2000年代に入ると宮本恒靖、稲本潤一、大黒将志などのユース上がりの選手がチームの中心となり、優勝争いをするまでになり、2005年には悲願の初優勝を遂げる。